A Creator of My Own Happiness
こちらのコラムは、以前ファイナンシャル・アカデミーのご依頼で「マネラボ」にて執筆、掲載したものです。
掲載の許可を頂き、こちらのホームページでも紹介させていただくことになりました。
初出:2018年4月28日~2019年1月28日 38編
2028年5月9日寄稿 「親の介護」
幸せ自作人こと島津信枝です。
ご家庭によって状況が様々と思いますので一般論では語れない分野とは思いますが、今日は、親の介護についてお話しをさせていただきます。
父が亡くなった後、実母を引き取って最後の7年間を同居いたしました。もともと母は身体が弱く病院通いをしていましたので、その付き添いや手術の立ち会いなど私も母の通院や入院には慣れていました。
母は植物にたとえると、「水をあげないと枯れてしまうか細い花」のようでしたが、気持ちの明るい可愛いらしい老人で、体調の良い時は画塾に通うなど絵を描くことを楽しみにしていました。それでも歳を取るに従って母も気が弱くなり、やはり頼りは子供ということで、兄弟姉妹の中でも気の合う娘の私との同居を希望したのだと思います。
先日参加したファイナンシャルアカデミーの講座の中でも、介護に触れる授業がありました。先生のお話では介護離職は出来るだけ避けた方が良いとのことでした。私も母の介護の経験から先生のご意見に同感です。
親を思う気持ちと一見矛盾しているように思われるかも知れませんが、自分のキャリアも大切にしないと優しい介護は出来ないと思います。
私の場合は、公的なヘルパー制度を使ってヘルパーさんに週2回母の部屋の掃除と洗濯をしていただき大変助かりました。私はそれ以外の通院の付き添いや、食事の用意、母が元気な時は画塾の送り迎えなど出来る範囲内で介護をしました。 この「出来る範囲内で」というのが重要なキーワードだと思います。無理をするとストレスが溜まるだけでなく下手をすると介護者が倒れる危険がありますし、一方で手を抜いた介護では後で「もっとしてあげれば良かった」と後悔して苦しむからです。
最後の7ヶ月は片道1時間半かかる大学病院に入院しましたが、時間を調整してほとんど毎日通いました。今思うと通える状態であっとことに感謝しています。夫や家族の協力もありましたが、私の英語の仕事が時間的に融通が利いたことが幸いでした。
人形劇の仕事は休みにしました。プライベートのおつきあいなどは最小限に控えました。
完全看護が売りものの大学病院に何も毎日行かなくてもという考えがあるかもしれませんが、何度も入院をしている母を見ているとそれまでにも「昨日はあんなに元気だったのに、急にこんなに病状が悪化して」ということが何度もあったためです。
私の介護の姿勢としては、母に対して一にも二にも優しく接するように心がけました。
具体的には
・母のいっていることは、一応「うん、うん」と先ずは何でも聞いてあげる。
・何か母が失敗したり少々変なことを言っても怒ったり強い口調にならない。「大丈夫よ。でもこうしたらもっと良いかも」と勇気づける。
(子供に対しては時には叱ってものごとを教える必要もありますが、賞める方が伸びるようです。ましてや年老いた親を叱って自信を失わせることは御法度です。)
・母が亡くなってしまった時、自分が後悔しないように可能な範囲で最善を尽くすように努力する。
(できる事をしなかったという後悔は、とてもつらいものと思われます。)
実例をお話しします。
母が肺炎で近くの病院に10日ほど入院した際に、”おむつ”を着けられて帰ってきた時のことです。
本人は初めてのことでさぞかし自信をなくしていたと思います。私は、母は入院で筋力が衰えてしまっておむつが必要になってしまったが、それは再び体力をとり戻すまでの一時的なものと思いましたので、当時同居していた長女(母のお気に入りの孫娘)と協力してなるべく母を一人にしないようにし母が気力を取り戻すように、楽しい話題で話しかけようと作戦を練りました。その結果一週間も経たないないうちにおむつがとれて元の元気な母に戻りました。
このことから、
老人の介護には心のケアが最も大切だと実感しました。“愛のシャワー”戦法が良かったのだと思っています。
年老いた親の介護は本当に大変です。私の介護は楽な方だったと思われますので、余り偉そうなことは言えませんが、一つでもよいから自分にとって大事なもの(人によって様々ですが、仕事または趣味など)を握りしめながら立ち向かえば、介護者にとっても充実した日々を送ることができるのではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
文章は筆者自身の経験や思いをもとに執筆しております。
著作権保護のため、無断転載はご遠慮くださいませ。

2018年5月3日寄稿
“幸せ”自作人こと島津信枝です。
“健康”それは“幸せ”を後押ししてくれます。
私は「元気なだけが取り柄です」と冗談で言うくらい体力には自信がありました。
結構意識して健康に気を配っているからです。
先日参加したファイナンシャルアカデミーの「50代のための定年後設計スクール」でも講師の方が「定年後の生活を考えるうえで無視できないのが健康です」「当たり前ですが、健康でなくなれば、それだけ医療費がかかります」と言っておられました。
全く同感です。これからも今まで通りに健康を気遣って、出来るだけ病院の世話にならないようにしていきたいと思っています。
でも私も生身の人間なので、いろいろと小さな不調は起きます。その時にどのように対処するかが大事と思っています。
安易に薬を服用したり手術など受けないようにして、自分でちゃんと納得してから受ける
ように心がけてしています。
一昨年の秋に膝の不調があり病院に行ったときのことをお話しします。
皆さんもご存知の“骨粗鬆症”。50歳を過ぎると骨が弱くなりこの病気になる人が多いと聞いていました。でもまさか自分の身には起きない病気と思っていました。
というのは、私は仕事で人形劇とパントマイムをしていますので、動ける身体づくりのために「きくち体操」をするなど、日頃から身体を鍛えていたからです。
膝の不調を感じたときも早めの受診をと思い病院に行きました。
医師の勧めで骨密度検査をした後、検査結果を聞きに行ったときの医師との会話です。
医師 「骨密度がかろうじて大丈夫という範囲の結果でした。お薬出しましょうか」
私 「いや、薬はちょっと」(ぎりぎり大丈夫なら飲まなくてもいいんじゃ無いかしら)
医師 「では注射にしましょうか」
私 (もっとびっくり)「いや、出来れば食品で治したいのですが」
医師 「食品じゃたいして効果がないから、日光に当たるようにして下さい」
私 (これ一番いいじゃない)「お日様でいいんですか」
(でも待てよ、お日様ということは、日焼けして、しみ、そばかすが増える~。
まるで美白と骨のどちらを取るか聞かれているようでした。答えは、骨ですよね~)。
ともかく薬と注射からに逃げられて、無事帰宅しました。
その日からは、リビングのレースのカーテンも閉めないようにし、車の日よけもしないようにして生活を変えてみました。確かに顔にはシミやソバカスが増えたような気がしますがもっと大事な骨のことを思えばなんともありません。
では今日はこの辺で筆をおきます。健康も宝の一つですね。
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2018年4月28日寄稿
幸せ自作人こと島津信枝です。
私はよく、「幸せそうに見える。一緒にいて楽しい。安心する」と言われます。特別意識して何もしていないのですが、何故かなあ と考えてみました。
私は、“幸せ” を意識して生きていたのかも知れません。
どうすれば私が幸せでいられるかしらと自問自答することが多々ありました。
今回ファイナンシャルアカデミーの定年後設計スクールを受講したのもこの“幸せ”が関係していて、夫の定年後も今までのように幸せでいられるか不安を感じだからです。

私の夫が今年の3 月に定年を迎えたのですが、私の関心事の一つに、夫の定年後に起こる妻の“うつ病”がありました。
「私は大丈夫だろうか。」
具体的にこの“うつ病”を説明すると、定年後夫が毎日家にいる生活が負担となり、妻が心身の不調をきたし 挙げ句の果てに“うつ病”になってしまうというものです。もし 私がそのようになってしまったら困ります。
自分のことばかり考えていても埒があかないので夫は定年をどう考えているのだろうか。
定年を迎える夫本人の気持ちはどうなのかちょっと視点を変えて考えました。
長年ずっと続けてきた仕事が定年を境にスパッとなくなってしまう。自身の年齢が高くなっている。次の仕事も決まっていない。さぞかし不安だと思いました。
私も仕事を辞めた経験がありますが、その時は出産が理由でした。 その時の私は
まだ 若かったし、赤ちゃんが生まれるという希望、楽しみがありました。それに、夫が経済的に支えてくれていました。
同じ離職でも雲泥の差があります。
夫も私以上に不安なことは想像できましたが、一般の男性はそのような不安を妻に対してあまり口に出さないようです。
丁度その頃、私が出席した、シニアが集まる会でも不安を抱えた定年男性が、私が推測したような悩みを打ち明けていました。やはりそうなんだ。男性達も定年を迎えるのが不安なんだと実感しました。 「夫に優しくしてあげなくては」と心でつぶやきました。

しかし男姓はプライドが高いので素知らぬふりをして振る舞うことが大切かもしれないとも思いました。
そうこうしているうちに、夫に定年の時がきましたが、私の心配をよそに、今のところ夫との関係も良い方向に進んでいます。
一瞬、私も外出を控えた方がいいのかしらと頭をよぎりましが、外で悪いことをしているわけではないし、変に気を遣うと自分がだめになってしまう。私にはそのようなことは出来ないと思いましたので、今まで通りに行動しようと決めました。
私は今まで通り外出はどんどんしていますし、 夫にも今まで通りに接しています。
今では「あの心配は解決したな」 と感じています。 そのようになれたのは次のように努力したからだと思います。
先ず、私は定年後の妻の夫への対応方法として次ぎの二通りを考えました。
- 今まで通りわたしは、マイペースで生活し、好きなように外出もする。そして夫には今まで通りに接するよう心がける。
- 夫がさみしがるようなら、我慢して外出をかなり控えるなど、できるだけ夫が好む生活をする。 その場合フラストレーションがたまって、夫に意地悪く接してしまうかも知れない。
どちらがいいでしょうか。夫婦は二人の人間の組み合わせなので一概に言えないとは思いますが、私は ①が理想と思いました。
定年を迎えた夫は、妻にやさしくしてもらいたいはず。妻も同じ屋根の下で暮らしているのですから自分らしく生きた方が、“幸せ”だと思います。
私の場合、結果的には①のようにしたところ心配していたような生活の激変もなく、今のところ夫との日々もうまく進んでます。 なんとかこの小さな幸せが続くことを祈りつつ。今回はこの辺で筆をおきます。
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毎日曜日 投稿予定
次回をお楽しみに!
